ポケモンGOとヴィシュヌ ~ 束縛する神と偏在する神 ~ 

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私は例年夏になると、必ず上野の不忍池に、美しい蓮の花を鑑賞しに行きます。蓮の花は、ヨガでは色々な意味で象徴的存在です。

蓮の花は、早朝に太陽が昇るのと時を同じくして、花が開くことより、ヨガでは太陽神の象徴して大変大切にしています。

そしてヨガで重要な神様として、ブラフマンとヴィシュヌとシバが居ます。それらは、創造・維持・破壊を意味しているとも言われ、敬われています。

その中でヴィシュヌ神は、蓮の花を片手に持っています。

 

○ ヴィシュヌ神の意味するところ

ヴィシュヌ神は、この世を維持している神様と言われています。手は4本あり、それぞれに持ち物が決まっています。

 
1つ目が、法螺貝です。法螺貝を吹くことによって、その音色が周辺に広がっていきます。そのことより、法螺貝は「空間」を意味します。

 
2つ目が、チャクラです。チャクラとは円盤で、ヴィシュヌは指をかざして、回転させています。常に周り続けていることから、「時間」を意味します。

 
3つ目が、棍棒です。棍棒は、神の権力と力を意味していると言われています。

 
4つ目が、蓮の花です。蓮の花は、太陽を意味しております。

 
ヴィシュヌ神の特徴を一言で表現すると、偏在する神と言われています。太陽が、地球全体に遍くエネルギーを降り注ぐように、この世のあらゆるところにヴィシュヌ神は偏在しています。

そして「空間」と「時間」で構成されているこの世を統括して、その世界のすべてにエネルギーと力を満ち溢れさせているのが、ヴィシュヌ神の役割なのです。

 
もう一つの特徴は化身として、様々な形に変身するところにあります。ヴィシュヌは、世の中が衰え悪が栄えた時に特別な姿となって出現すると言われています。

 
聖典「バガヴァッド・ギーター」のクリシュナも、ヴィシュヌが8番目の化身として、この世に現れた姿とされています。
 
「善人を守り悪人を滅ぼし、ダルマを確立するため、「私」は時代ごとに誕生する。」 バガヴァッドギーター4章8節

 
この化身していくことを、サンスクリット語で「アヴァターラ」といい、数年前に公開された映画「アバター」の語源でもあります。

映画「アバター」では、地球人を自分の利益のみを追求するエゴの象徴として、パンドラ星の先住民を調和を大切にする存在として表現しています。

 
またインドではこのヴィシュヌ神とシバ神が、非常に人気があり、多くの人がこの2つの神を信奉しています。

そしてその人が、ヴィシュヌ神かシバ神のどちらを信奉しているかは、額の印によって判ります。

額に横に白い三本線を引いている人が、シバ神を信奉しています。アシュタンガヨガで有名なパタビィジョスイ師が、額に横に白い三本線を引いています。

また、ヴィシュヌ神を信奉している人は、額に縦に白い一本線を引いています。そして、額に縦に白い一本線を引いているグルが、アイアンガーヨガで有名な、アイアンガー師です。

このお二人は、対象的なヨガの流派の開祖として有名ですが、信奉している神も、それぞれ対象的なのが面白いですね。

 

○ 探し求める神と全てに存在する神

今年も、いつものように上野の不忍池では、朝日を浴びながら、蓮が美しい花を咲かせていました。

花にはミツバチがやって来て、甘い花の蜜を求めて、せっせと蜜を集めていました。

池にはコイや亀が、気持ち良さそうに泳ぎまわり、朝の爽やかな風が蓮の葉を揺らしていました。

しかし、今年は、そのような不忍池の美しい光景には目もくれず、片手にスマートホンを持ち歩き、ただ無言でひたすら歩いて何かを探している人々がいました。

それは、スマホに没頭して、不忍池公園にいるポケモンを探している人々でした。

私もコンピュータ業界にいて、若いころテレビケームに夢中になった世代ですので、きっとポケモンも面白いゲームだと思います。

しかしながら、せっかく自然の美しさがあふれる屋外で、それらに目もくれずスマホで誰とも会話をせず無言でポケモンを探し求めている人々の様子は、傍からみると不思議に感じました。

我々は日常生活の中で、ついつい自分の外にある狭い価値観に心を奪われ、それを必死に追い求めようとしてしまう傾向があります。

それがお金であったり、自己承認欲求であったり、人からの賞賛であったりします。そして、ポケモンもその一つであるかもしれません。

 
日本人の大多数は、どの宗教を信じているかと問われ、特別宗教をもっていない人が大半だと思います。

その点から見ると、外国の人から見ると、日本人は無宗教に見えたりします。

しかし、お金や自己承認や賞賛を価値あるものとして信じて、それをひたすら追いかけていくことは、それらを神として信じているようなものです。

そして、そのように自分以外の特別なものを追い求めると、自分の価値観や視野はどんどん狭くなり、その結果そうしたものに人間は束縛されてしまいます。

不忍池公園で身近な自然の美しさに目もくれず、ポケモンを探している人々をみて、その人達がポケモン教の信者達のように見えてきました。

 
私は数年前に脊髄腫瘍が発症して、僅か数日で下半身が麻痺して、車椅子の身となったことがありました。

その時に、人間とはかくも儚き存在で、毎日生きていること自体が、限りなく奇跡的なことであると実感しました。

その後もヨガを実践していく中で、人間の身体の仕組みを学んでいると、実に人間の身体の仕組みは完璧な存在であることに驚かされます。

そのことより、神はどこかに追い求めるものではなく、神のエネルギーがこの世界に、全てに満ち溢れていることに気づくだけでいいのだと感じました。

 
不忍池に咲いている蓮の花は、ヴィシュヌ神の持ち物です。そして、ヨガではヴィシュヌ神は、この空間全てを支配して、すべてに満ちている存在です。

 
身近で大切な存在を感じることの大切さを、アクションスターのブルース・リーは、少年にカンフーの手ほどきをしながら、その極意について次のように語っています。

「考えるな! 感じろ!

 月を指差すのと似たようなものだ

 指に集中してはダメだ

 さもないと、その先の神の栄光は得ることができないぞ」

 

Youtubeサイトにてブルースリーの名言
「Don’t think! Feeeel!」をご覧いただけます。

ブルース・リーについては、また別の記事でご紹介したいと思います。


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この記事の著者

ユキオ

ユキオスダルシュナヨガ主宰

ヨガ歴20年、ヨガ指導歴13年。日本で最も有名なアシュタンガヨガスタジオIYCほか、国内著名ヨガスタジオ、スポーツジムにて指導経験を積む。取得した指導者養成資格多数。近年は、ヨガ哲学をテーマにワークショップを数多く開催する一方、ティーチャートレーニングにて後進ヨガインストラクターの育成にも力を注ぐ。

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